2 梅棹忠夫「世界史とわたし」
  [初出] 2003.08.05  [最終更新]  [平均面白度] 4.71  [投票数] 7  [コメント数] 1
アマゾンで引用されている「Books」データベースでの本書の紹介文には
日本と世界の現実を見据え、現代世界の解読をめざして、思索を続ける梅棹忠夫は、ひとびとの暮らし、社会と文化の総体としての文明、それらに根ざす生きた現実を、積年に亙る踏査成果から描出し、歴史と文明を読むための"手がかり"を提示する。現代日本を代表する独創的思想家による世界史フィールド・ノート。
とある。そんなタイソウな。

これはもともと毎日新聞の「地球巷談」と放送文化の「梅棹忠夫の地球劇場」というふたつの連載を元にまとめられた本だ。データベースの記述は間違いじゃないし、まさにその通りだとも思うが、同時にそう大上段に構えると、かえって読者を失うぜ、とも思う。それは連載の原題を見てもわかる。あくまで「巷談」なのである。梅棹忠夫(と呼び捨てで書くとなぜかビビるが)はひじょうに芸達者な人なので、編集部と決めたタイトルのもつ意味合いの中に自分の世界をストンと落として見せることなど、朝飯前なのだ。書き手の意識のなかでもこれは「巷談」だし、読んでみての感想もまた「巷談」である。「講談」って書いてもいいけどね。

無人島に持っていく一冊の本という愚問がある。たった一冊しか持っていけないんだったら、無人島になんかいくもんか、と思う。本屋もないのに。

しかし、「温泉に持っていく一冊の本」だというなら無条件にこの本はお薦めリストに入ってくる。風呂上がりに畳に寝っころがって冷酒を飲みながら読み耽るのに、最適。しかもその希有な時間をけっしてムダなものにしないだけの深い内容を持っている。

「世界史とわたし」と銘打っているだけあって、所収34篇がすべて「歴史」を語っているし、同時に「わたし」とのかかわりを語っている。有名な「歴史」はほとんどない。「北部ユーラシアのトナカイ遊牧民」の歴史であったり、「ミクロネシア連邦とパラオ」の歴史であったりする。よほどの歴史好きでも知らない話が過半を占めるだろう。

しかも、その歴史は「わたし」とのかかわりの中で語られる。そもそも著者自身がその歴史を知るのは、かかわりがあったから調べ始めたからだ。
わたしはこの島で青年時代の数ヶ月をおくったことがある。1941年のことである。
ミクロネシア連邦政府から贈られた写真入りの概説書のことから語り始める次の段落にこうある。

そこからポナペ(現ポーンペイ)島の思い出と地理が語られ、彼らのもとで働いていた「メリーさん」という少女の思いでに触れる。

40年後、彼の博物館のスタッフが「メリーさん」に再開する。スタッフの報告に接し、彼は書く
写真をみると、ひろいおでこはむかしのままだったが、よくふとった堂々たるオバサンになっていた。わたしはうれしくなって彼女に手紙をかいた。

ここから一転してミクロネシアの歴史の叙述になる。スペイン領からドイツ領になり、その後国際連盟の委任統治領として日本領となる。戦後アメリカによる統治をへて、独立。この経緯が自分の見聞をまじえながら、スルっと語られ、初代大統領が日系人だ、という話につながる。

独立して大統領がはじめて外遊したのが日本であること。すぐさま東京に大使館を設置したこと。しかし、日本は駐ミクロネシア大使館を作らないこと。アメリカが最初に作ったこと。

そしてこのミクロネシアのナカヤマ大統領、フジモリ大統領のほかのもうひとりの日系人大統領の存在を語り、最後を
さて、つぎに日系の大統領があらわれるのは、どこの国であろうか。
で、たった7ページの一篇が終わる。

どこかの国の大統領が日系であろうとなかろうと、それはたいした問題ではない。梅棹忠夫にしたところで「出でよ日系大統領」と弁じているわけではないし、だからミクロネシアを支援すべしと主張しているわけではない。むしろその逆。淡々たる事実の叙述である。しかし、最終行を読むと、だれしもが、その問いを心にとどめることだろう。

歴史はシーザーやナポレオンによって作られるものではなく、世界中のあらゆる場所で営々と続くあらゆる人々の人生によって紡ぎ出されていく。太平洋の小国で日系の大統領が生まれるのも、それにいたる大きな歴史的な経緯があり、それにいたるその人やそのまわりの日系人の歴史的な努力がある。

そんな話のかずかずにシミジミする。

飄々と語られる流麗な口調の裏側から、人と歴史のかかわりあい、つまり個々の人間がどのように歴史の形成に参加していくのか、そして、その歴史を個々の人間がどのように捉えていくのか、その理想的なあり方のモデルが浮き出てくる。

温泉からの帰り道には、勇気のようなものがちょっぴりわき出ているのを感じるはずだ。

・「世界史とわたし」梅棹忠夫 NHKブックス800 日本放送出版協会 本体価格920円

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いただいたコメント

太田省三 さんによるコメント
 「世界史とわたし」をわたしは数年前に読んだことがある。この記事がその内容をまざまざと思い出させてくれ、再読したくなった。記事はそれほど巧みにこの本をを紹介している。
 わたしは現在、自分史を執筆中だが、自分史の一つのスタイルとしても、この本は大いに参考になると思っている。[2005.06.01  #181]

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