4 最近ベッドで本が読めないのだ
  [初出] 2003.05.13  [最終更新]  [平均面白度] 0  [投票数] 0  [コメント数] 0
上3本の記事はかつてこのサイトに書いたものを再録したものである。こうした記事を書いたもとには、ベッドで本が読みにくくなっているという個人的な危機感があった。

小学生の頃から延々三十年にもわたって、寝る前にベッドで本を読むという習慣を続けてきたのであるが、これが最近実践しづらくなってきた。

まず、なぜか最近はベッドに入ると間髪を入れず眠りに落ちる。ベッドに本は持ち込んでいるし、必ずそれを開いてもいるのだが、ほんの2ページも読めば、それでおしまい。眠くて続けていけない。

このため読書量が激減している。仕事部屋の机にはバイオライトがあり、本を読む照明としては理想的な明るさなんだけど、そこではやっぱり読むとしても仕事用の読書が中心になるし、シミジミ読書を楽しむという至福感はえられやしない。だから仕事部屋では楽しみとしての本は読みにくい。瞬間就眠のせいで読書量が大幅に落ち込んでいる。

なにごとかを継続するということは、どんなことでも、それを続けることによって得られる利益(利益の中にはもちろん快楽もある)と、阻害要因とのバランスの中で決定される。ベッドに入るや否や襲いかかってくる睡魔という阻害要因がいかに大きかろうが、それをうわまわる読書の悦楽があれば、眠気なんかに負けはしないでよみふけることになる。たまにはそういう夜もある。2ページほど読み進むうちにアドレナリンが出てきて、読書没入モードに切り替わるのだ。

こうなったらしめたもので、きっちりと楽しみとしての読書の時間をもつことができる。できるはず。はずなんだけど、ここで新たな阻害要因が出てくる。肉体的な苦痛である。

昔はそんなことはなかったのだが、中年になって、ベッドでの読書というのはじつに体力を使うものだということがわかってきた。

先に上げた5大体位の中で、ぼく自身が常用しているのはビート板式、セイウチ式、横寝式であるが、このどれもが肉体的な苦痛をともなう。

それは医学的な根拠もあるようだ。「カイロで健康」というサイトのなかの「悪い姿勢」というページに寝転んで本をよむいくつかの“型”の写真が掲載されている。

このページの中段左がビート板式、下段右がセイウチ式、下段左がラッコ式である。ビート板式は上部頚椎に、ラッコ式は首の付け根と頚椎一番に、セイウチ式はさらに腰背部にも負担がかかるそうだ。

そのせいであるのか、ベッドで本を読み続けると、異様に疲れるようになってきた。

中でいちばんラクなのは横寝式であるのだが、これはこれで問題がある。先にも書いたようにメガネのつるがまくらに圧迫される。メガネを取って読めばいいのだろうが、ぼくはかなりの乱視だから、メガネを取って両目でみると、ものがゆがんでよく見えない。勢い片目をつぶって読むことになる。これもまた疲れる。だいいち不自然でもある。

こういう状況に追い込まれたことが「ベッドで本を読む」ということを考え始めるきっかけになった。

この設問はふたつの方向につながっていく。ひとつは「ベッドで快適に本を読むにはどのようにすればよいのか」という技術論であり、もうひとつは「なぜベッドで本を読むことに固執するのか」という思想論である。

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