14 お札の肖像
  [初出] 2003.05.05  [最終更新]  [平均面白度] 3.15  [投票数] 27  [コメント数] 0
これは去年の8月に話題になったことだから、もはや旧聞すぎるほどのことになったのだが、近々紙幣のデザインが変わるらしい。5,000円札が新渡戸稲造から樋口一葉、1,000円札が夏目漱石から野口英世にチェンジされるという。

これを聞いた時、なんかビンボー臭い感じがしませんでした?

樋口一葉の貧しさは周知の通りだし、野口英世は貧乏ではなかったが(貧家の出ではあった)、希代の借金魔だったようだ。一国の紙幣の図柄として、お金に困っていた人をシンボルとして載せるのは、なんとも妙な感じがする。

なんで新渡戸稲造・夏目漱石のままじゃあかんのか、それはよくわからないが、紙幣の「顔」を選ぶのはいろいろ難しい条件があるだろう。もっとも神経質にならざるを得ないのが、周辺諸国がどう思うか、ということ。

この前、聖徳太子−聖徳太子−伊藤博文−岩倉具視−板垣退助というラインナップを福沢諭吉−新渡戸稲造−夏目漱石−(硬貨)−(硬貨)に変更した際、ぼくが感じたのは「こりゃ伊藤博文はずしダナ」ということだった。

この変更の全体的なテーマは「脱政治家」ということだ。要するに文化人路線。なんで文化人路線に変更しなくちゃならないのかというと、やはりまず、伊藤博文を外したかったんじゃなかったのか。

伊藤博文は日本では維新の元勲であり、憲法をこしらえた人であり、初代の総理大臣であるんだけど、韓国では日本の植民地支配の象徴のような人物である。伊藤博文を狙撃した安重根が国民的英雄であるのにひきずられて、いわば吉良上野介の役回りを担わされている。

日本での人物評価が外国ではどう思われているかなどということをことさら意識することはない。ぼくだって別段伊藤はワルモノだ、などとは思っていない。しかし、ことさらそれをお札にするのもナンでしょ、とは思う。当時の大蔵省もきっとそう思ったに違いない。いわばオトナの態度である。

紙幣の図柄が変わったのは1984年である。振り返ってみると日本がもっともブイブイ言わしていた頃だ。大蔵省のお役人は「エンはアジアの基軸通貨になるべきだ」と思っていただろう。そのためにはどうするか。できることはなんでもやろう、と思っていたに違いない。そうなると、やっぱ伊藤博文はまずいべ。

しかし、伊藤ひとりを変えるわけにはいかない。別の政治家を持ってくるにしても、どっちにしても旧憲法下の政治家なら植民地支配に無縁の人はいないし、そうかといって吉田茂を持ってくるのも生臭いし、ましてや鳩山一郎というわけにもいかんだろう。

それに聖徳太子にしたって、天皇の息子でもあり、その上史上初の「NOと言える日本人」だったわけだから、これも考え始めるとなんだよな、ええい、いっそブンカジンにしてしまえ、という思考の流れであったと考えると自然だ。

で、福沢諭吉、新渡戸稲造、夏目漱石。これならどうだ! モンクはあるまい。

でもなあ……。大蔵省(財務省)のお役人の中のごくごく小心な人は、後になってクヨクヨ思い悩むこともあった。たしかにこの3人とも政治家ではないから、直接アジアの植民地支配やら戦争やらにコミットしているわけじゃない。それに3人とも「国際派」でもある。しかし、そうかといって中国や韓国に受けがいいわけでもない。新渡戸稲造が東大で教えていた学問は「植民地経営学」だったしなあ、という具合。

こんど変えるときは、もっとそこいらへんの色を薄めてしまいたい。

そう思い続けていたんじゃないかなあ。そういう路線が今回の人選につながった、とみた。(この推理に従うと、福沢が残ったのは慶応卒の小泉−塩川ラインが反対したという巷説が正しいということになってしまうのだが)

その流れはわかるんだけど、かといって、あの人選はないでしょう。もっと他に人はいなかったのか。
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