11 左側通行・右側通行
  [初出] 03.03.20  [最終更新]  [平均面白度] 3.84  [投票数] 44  [コメント数] 4
ずいぶん前から気になっていることがある。右側通行/左側通行のことだ。

我が国ではクルマは左、人は右を通る。アメリカでは逆。でも英国は日本と同じで、ヨーロッパ大陸ではアメリカ式になる。このこと自体は小学生の時分から知っていたように思う。

香港へ行って、なにがしかの安堵感を感じるのは、車が左側を走るのと、タクシーやバスが日本の中古車の輸出品が多く、「ゆっくり走ろう神奈川県」などというステッカーがそのままになっていたりすることにもいくらか原因があるだろう。といってもそれは復帰前の話で、今はどうなっているか知らない。

香港が車は左なのは、英国領であったからだろう。同じく英国の植民地であったケニアやバングラデシュ、ネパール、マレーシアでも同じだそうだ。

しかし、日本は英国領ではなかった。ついでにいうと、タイ(もちろん英国領ではない)も日本式。インドネシア(オランダ領だった)もそうらしい。

韓国がアメリカ式であるのは前から知っていたが、昨今、ピョンヤンの画像がテレビに頻出するようになって、北も韓国と同じだということがわかった。これは日本の占領期への反発からのことなのかもしれない。

日本での左側通行の起源がカタナの存在であったというのは巷間よく言われることである。カタナは左腰にさすから、右側通行をするとカタナのサヤとサヤがぶつかって喧嘩になる、というのはちょっとヘンで、やっぱりおたがいに相手を右側に見るというのが(抜き打ちするために)正当な防御体勢であるからだろう。

愛媛県警のQAのページには
明治33年当時には、今とは反対に、「人は左側通行」が定められていました。
日本の歴史的背景として、昔から武士は左腰に刀を差していたので、自然に左側を通行する習慣がついていたのを考慮したといわれています。
(右側を通ると、前から来る人とすれ違う時に自分の左側を相手が通ることとなり、刀の「さや」が触れ合うし、すれ違いざまに刀を差した左側から攻撃を受けた場合に遅れをとるからです。)

現在の「車は左、人は右」になったのは、昭和25年頃からです。それまでは人も車も左側通行でしたが、交通安全のために、車は従来のまま左側通行とし、人は右側通行とする「対面交通(前から車や人が来るのを見ながら通行することで、安全性が高くなる。)」を取り入れました。
とある。たしかに先日2・26事件のフィルム(アマチュアカメラマンが撮ったフィルムが最近発見された)を見たが、海軍の陸戦隊の車両は左側通行していた。


しかし、そもそも昭和25年っていえば、日本はまだ占領下にあった。進駐軍は何にも言わなかったんだろうか。
イギリスではなんで車左で、アメリカではなんで車右なんだろうか。

不審である。

それと、もひとつ。

ぼくの記憶にある限りでは、陸上競技のトラックは反時計回りであると思う。少なくとも、ぼくが運動会で走った経験ではみなそうだった。

先日F1をテレビで見ていたら、同じく反時計回りであった。そいえば、競馬もそうだな。

なんで反時計回りに回転するのか。

これも不審である。
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いただいたコメント

トミさん さんによるコメント
右側通行と左側通行



「左側通行は刀を差して歩いていた時代の習慣の名残」というのはうがった説明ですが、俗説ではないでしょうか。例えそれが武士社会で慣習的に行われていたとしても、刀を差したことのない一般大衆の習慣になり得るでしょうか。実際、江戸時代の日本橋の賑わいを描いた絵画では人はゴチャゴチャと右左なく歩いています。あるいは、下に述べるように東京駅の通路やエスカレータにまで影響を及ぼすものでしょうか。

同じような俗説には「銃を持つ社会では右側交通」というのがあります。これも上と同じ意味で疑わしいと思います。実際、ビリーザキッドなどの悪漢が跋扈した19世紀後半のアメリカ西部の写真では、馬車が必ずしも右側を通っているとは言えません。むしろ、左側を通行しているようです。



制度としての交通サイドと習慣としてのそれは分けて考えたほうがいいと思いまます。明治政府が交通規則を制定した際、ヨーロッパの慣例をあげて右側通行を主張する西郷内大臣にたいして、左側通行を法制化案をつくった法務省の役人が「特に理由はありませんが、これですからね」と刀を抜く仕草をしてところ、大臣は苦笑して承認したとか・・・

そのヨーロッパですが、聞くところによると、つい先ごろまで(現在でも?)フランスの鉄道は路線ごとに左右いろいろだったとか。したがって、ナポレオンが軍隊を右側行進させたというのは事実のようですが、彼をもって制度としての右側通行の祖と見るのはややうがった見方ではないでしょうか。



東京駅では広場になっているコンコースでは右左なくゴチャゴチャに歩いている人並みが、通路に差しかかると自然に左側を歩いています。ひところ「ここでは右側通行」という張り紙をを見かけたこともありますが、それでも左側を歩く傾向がありました。中央線のエスカレータは誰言うことなく左側に並んで立っています。

陸上競技やスケートのトラックは反時計回り、競馬しかり(関西は例外的に時計回りです)、盆踊りですら自然に反時計回りにまわっています。砂漠や雪原で目標を見失うと人は反時計回りに大きい円を描いて回り始めると言います。「右足のキックが強いからだ」と聞いたことがありますが、私は右利きの人は左足が軸足だからだと思っています。立っている人が回転しながら歩きだすときには、とくに支障がない限り左足を軸にして、反時計回りならば右足を前に、時計回りならば右足を後に出します。

走り競争のスタートでは多くの人が左足で踏ん張って右足を振り上げます。跳躍競技では左足で踏み切ります。ハンマー投げでも円盤投げでも左足を軸にして反時計回りに回転します。

馬も左側から乗ります。「剣を左腰につっていた時代の名残」という説もありますが、蒙古のようにかならずしも剣を持たない人たちでも左側から乗ります。自転車も同じです。ピアノのペダルは右足で、低音部を受け持つエクトーンのペダルでも右足で演奏します。これらはみな、左足を軸足として踏ん張るためだろうと思います。

このように、右利きの人は左足を軸にして動作する、その結果、左寄り、すなわち左側をに歩くのだろうと思います。



船は太古の時代から右側通行でした。帆が発明され舵が必要になったとき、櫂をヒントにして舵を発明しました。右手で操作しますから、右舷に取付けました。そのため、今でもブリッジの中央右寄りが船長席です。船長室も右舷側にあります。そこで舵を保護するために左舷ですれ違う、すなわち右側通行となりました。また、左舷で港に接岸し、人の乗り降り・荷役をしました。

その名残で現在でも右舷を「Starboard」左舷を「Portside」と呼びます。ウェブスターによると「Starn」は現在では「船尾」ですが古い英語では「rudder; 舵」の意味と書いてあります。すなわち「Starboard」を直訳すれば「舵の舷側」。実際、ドイツ語では「Steuerside」。直訳すればずばり「舵側」です。

「Portside」は言わずと知れた「港側」。ここから、純力学的な理由で舵を船尾に取付けるようになった現代でも、乗り物の搭乗口は支障がない限り左側に取付ける習慣ができました。

飛行機も搭乗口は左側・右側通行ということはご存知だと思います。ただし機長席は左側にあります。下の自動車の事情をご参照ください。



搭乗口を左側とすれば、道路交通では安全のため左交通になります。何故ならば、港や空港とは違って、道路では道端で乗り降りしますので、搭乗口のある側を通るほうが安全だからです。

現在は右側通行のアメリカですら、今から120〜130年前ごろの西部の写真では、上記のように馬車は左側を通行していたようです。



ところが自動車ではいささか事情が異なります。左ハンドルのほうが運転中の各種の操作が右手になり、操縦しやすくなります。また、アクセルやクラッチやブレーキなどの位置もエンジンとの位置関係が合理的になります。そのようなわけで「先入観やすべての制約を外して自由に二人並びの操縦席を設計せよ」という課題を与えられた設計者は左ハンドルで設計するでしょう。レーシングカーのように一人乗りの自動車でも右手操作です。

このよに設計された自動車は右側を通行するほうが見通しが利いて安全です。こうして、右側通行が制度として固定されてきたのではないでしょうか。



つまり、「人の習慣としての通行サイドは左側通行。乗り物一般の慣例としては左側から昇降。自動車の出現によって右側通行が行われるようになった」と推測するのですがいかがでしょうか。

もちろんすべては推測でしかありません。特に自動車については、フォードのT型を境にして実用的な自動車の歴史が始まったといいますから、この辺りを調べてみる価値がありそうです。



それでは何故フランスの鉄道は右左マチマチかという問題ですが、それは駅の構造によるもので、プラットホームを一つにして両側で上り下りが昇降する場合やプラットホームが上下線で分かれている場合とか、路線ごとの事情によって決めていたようです。[2004.09.05  #105]

TAMAKI さんによるコメント
アメリカはリノの自動車博物館で知ったことですが、製作年代の古い車は右ハンドルでした。写真もあります。

当初は右に運転席があったほうが乗り降りが便利だったからではないかと推測します。

水戸の徳川博物館へ行くと、明治時代水戸家の当主が乗っていた、とい車が展示されています。イギリス車(たしかローバー?)なのにハンドルは左ハンドルです。これはどうしてだか分かりません。

韓国はソウルの地下鉄は右側通行だったり、左側通行だったりします。1号線は国鉄と乗り入れているから左側通行です。(国鉄は日本が占領時代に作ったもので日本の制度にならった)他の路線は右側通行です。

どうせなら揃えたほうが便利と思いますが、どうしてそうなったのか、不思議です。

[2004.10.07  #116]

吟者 さんによるコメント
プロジェクトX「アジアハイウエー・ジャングルの死闘」

NHK総合 2004年10月26日 21時15分

 一九六五年、

タイ北部、ミャンマーとの国境に広がる東南アジア最大のジャングルを

分け入って、「アジアハイウエー」建設に力を尽くした人々の物語を描く。

(以下、略)

の完成したハイウェイを走る車を見て、

「左側を走ってる!」と驚いた。

陸続きのユーラシア大陸、全部ヨーロッパと同じかと思っていた。

検索エンジンで、このページを見つけ、

タイも左側通行と分かって、気が済んだ。



と同時に、楽しませていただきました。

____



香港は、返還後も左側通行です。

中国(大陸)でテレビを見ていて、

香港映画が左側通行だったので、

丁度その時香港出張中の中国人の知人に

メイルで、

「そっちは、今でも左側通行?」

と英語で聞いたら、「Yes.」の返事でした。

で、

帰国後、また一つの疑問。

香港と大陸は、トンネルなどで、少なくとも3ヶ所繋がっている。

直通バスも走っている。

バスの乗降口はどっちについてるんだ?

「大陸からの直通バスは、

 香港の中では、バスターミナルにしか止まらない」

などと想像しましたが、…



実際に、直通バスに乗ったことの有る人が見つかって、

結論は、

皆、平気で車道側から乗り降りしていた。

とのこと。[2004.10.26  #121]

KOB さんによるコメント
お抱え運転手がつくような車では、ドア開閉がスムーズになるよう後部座席の人が乗り降りする側に運転席がもうけられる場合があります。水戸のローバーの左ハンドルはそういった理由ではないでしょうか。

また、欧州大陸のスポーツカーでも右ハンドルの例があります。レース場のピットでの乗り降りが右側になるためです。

[2005.12.30  #253]

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