8 「それから」の代助は水道栓をひねる
  [初出] 2003.11.29  [最終更新]  [平均面白度] 0  [投票数] 0  [コメント数] 0
「三四郎」「それから」「門」は三部作だと言われている。三部作って言い切るほどの内容的な関連はないように思うのだけれど、この三年連続であいついで発表されたこの三作が、その前の「虞美人草」「坑夫」に比べると、格段に面白いことは事実だ。

「それから」は明治42(1909)年6月27日から10月14日まで新聞連載された作品である。

この小説の主人公である代助はたいそうな金持ちの息子であって、独身ではあるが、下女と書生とともに一軒家にくらしている。

書生に置いてくれと門野が代助に頼む際に、このようなことを言う。
「そりや大丈夫です。身体の方は達者ですから。風呂でも何でも汲みます」
「風呂は水道があるから汲まないでも可い」
ここで、水道のない家がかなり一般的であることが読み取れる。猫の苦沙弥先生などを始めとする今までの作品の登場人物たちは風呂屋に行っていたのだが、代助家には内風呂があるわけだ。

水道が個人宅にあることを示した最初の記述だ。

この代助家の水道は作品中にもういちど出てくる。気分を悪くした三千代のためにあわてて水を汲みに台所にきた場面で
代助は水道の栓を捩つて湯呑に水を溢らせながら云つた。
とある。その間に三千代は花活けの水を飲んでしまうという印象的なシーンだ。

水道もあるし、内風呂もある代助家だが、明かりはランプである。
門野が大きな洋燈を持つて這入つて来た。それには絹縮の様に、縦に溝の入つた青い笠が掛けてあつた。
この家でランプを使っている場面はこの他に何度もでてくる。また平岡と三千代の小さな借家もランプである。
けれども三千代の方は常の通り落ち着いてゐた。洋燈も点けないで、暗い室を閉て切つたまま二人で座ってゐた。


しかし、代助の父の家は、さすがに金持ちであって電燈を引いている。
居間にはもう電燈が点いてゐた。
電燈の点いている父の家はともかく、ランプ生活の代助家にも電話がある。書生の門野に
「君、電話を掛けて呉れませんか。家へ」
と命じている。ランプなのに電話がある。なんとなくちぐはぐな感じがするが、そういうものなのかもしれない。
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