7 三四郎は電気を引くことを考える
  [初出] 2003.11.23  [最終更新]  [平均面白度] 5  [投票数] 1  [コメント数] 0
「虞美人草」の次の作品は「坑夫」であるのだが、これは舞台が舞台だから、ちょっとパスする。だいたい、そう面白い作品でもない。

その次は「三四郎」である。これは明治41(1908)年9月1日から、その年の暮れにかけて朝日新聞に連載された。

物語は熊本から大学入学のために上京してくる三四郎の汽車旅から始まる。

夜汽車の室内もランプである。
もとから込み合った客車でもなかったのが、急に寂しくなつた。駅夫が屋根をどしどし踏んで、上から灯の点いた洋燈を挿し込んで行く。
こういうふうになっていたとは知らなんだ。

乗客はいろんなものを車窓から外へ投げ捨てる。今の「道徳」からするとトンデモない行動だ。まず三四郎は食い終わった弁当がらを「力一杯に」窓から放り出す。広田先生は「散々食ひ散らした水蜜桃のたねやら皮やらを、一纏めに新聞に包んで、窓の外へ抛げ出」す。

今から思うと非常に野蛮である。しかし、私の子供の時分でも、さすがに窓から弁当殻を投げ捨てるということは一般的ではなかった(座席の下に放り込むというのが普通であったと思う)が、車内の便所は線路上への垂れ流しであった。

大学の教室はすでに電燈である。当然かもしれないが。
筆記するには暗すぎる。電燈が点くには早すぎる。


しかし三四郎の下宿はランプである。
どうかしたかと聞いた時に、首を挙げて洋燈を見た。
「此家ではまだ電気を引かないのか」と顔付には全く縁のない事を聞いた。
「まだ引かない。其内電気にする積だそうだ。洋燈は暗くて不可んね」
いままでの作品でも一般家庭はランプであった。ここでも同じは同じなんだが、口ぶりでは電気がある程度は一般的になってきているようだ。

その証拠に野々宮(三四郎より十歳ばかり年上)の下宿は藁葺きではあるが、電気が引かれている。
今日は夜だから、屋根は無論見えないが、部屋の中には電燈が点いている。三四郎は電燈を見るや否や藁葺きを思い出した。さうして可笑しくなつた。
漱石の作品中で一般市民の住宅に電燈が点っている、初めてのケースだ。

電気がらみでは、もうひとつ気になる記述がある。
玄関は細い奇麗な格子で閉て切つてある。電鈴(ベル)を押す。取次の下女に「美禰子さんは御宅ですか」と云つた時、
門柱にベルがついている。電鈴という漢字があててあることをみても、電気の力で動いていることがわかるが、はたしてそれが、電灯線によるものか、電池で動いているのかは、わからない。私が子供だったころ、ウチの「ベル」はA5判の分厚い本くらいある箱形の電池で作動していたような記憶がある。定かではないのだが。

ともあれ、明治41年に書かれた「三四郎」には、電気を引くとか引かないというような話題が含まれているのは記憶しておいていいだろう。

ところで、もうひとつの探索目的である水道だが、全作品を通して水道(または井戸)の話題はあまりでてこない。明治の男である漱石にとっては、台所は縁のない場所であったのかもしれない。ま、一般に小説中に水道の話題が出てくることはないようにも思うことは思うけど。

数少ない水道関係の記述が「三四郎」の中にはある。
与次郎は共同水道栓の傍に立つて、此夏、夜散歩に来て、あまり暑いから此処で水を浴びてゐたら、巡査に見付かつて、擂鉢山に駈け上がったと話した。
公園にある共同水道栓だが。
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