2 坊ちゃんもランプ
  [初出] 2003.11.05  [最終更新]  [平均面白度] 0  [投票数] 0  [コメント数] 0
琴のそら音は明治38(1905)年。漱石にとってごく初期の作品になる。坊ちゃんは翌年の明治39(1906)年の作品になる。

ご存知のように坊ちゃんの物語は四国の松山で展開されるので、東京の事情とは若干異なるだろうが、この作品の中でも、電燈はまったく出てこない。
天井はランプの油烟で燻ぼつてるのみか、低くつて、思はず首を縮める位だ。

これはそば屋の情景だが、旅館でも寄宿舎でもランプ。うらなり君の家を訪ねたとき、
奥から五十位な年寄が古風な紙燭をつけて、出て来た。

おいおい「年寄り」はないでしょう。この五十ってのは、この頃だから「数え」であろうから、ぼくと同年くらいってことになる。ともあれ「紙燭」は「しそく」と読み、岩波版漱石全集の注には「太く作った紙撚りを油にひたし、火をともして燭光とするもの」とある。ただ各種辞書類には、ちょっと違う説明があり、今後、ぼつぼつ調べていきたいのだが、ま、ここでは「注」の記述で納得できる。

坊ちゃんと山嵐は赤シャツを「誅戮」するために道後温泉の「桝屋」に潜むのだが、目的の宿屋の街灯としてガス灯がある。
角屋の丸ぼやの瓦斯燈の下を睨めつきりである。

明治もすでに後期である。松山でも瓦斯燈があってもなんの不思議もないが、旅館の部屋の中は、やはりランプだ。
おれは一貫張の机の上にあつた置き洋燈をふつと吹きけした。


漱石が松山中学の教壇に立っていたのは明治28(1895)年からの1年間であるから、彼はその頃の記憶でもって記述しているのかもしれないが、しかし、やはりここでも電燈は出てこない。

しかし、いつ読んでも思うのだが、なんで松山の人がこの小説を「誇り」に思うのか、さっぱりわからん。かなりホンキの悪口の連続だと思う。もちろん松山人でないぼくには、非常に面白いのだが。
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