10 夏目家に電燈が点った日
  [初出] 2004.01.06  [最終更新]  [平均面白度] 5  [投票数] 6  [コメント数] 0
夏目家にいつ電燈が入ったかについては、実はちゃんと記録が残っている。漱石の夫人である夏目鏡子の「漱石の思い出」の中に記されているのだ。
洋服などでもきちんとしていないと気がすまないほうで、なかなかハイカラでしたが、そうかと思うと変なところで非常に旧弊で、頑固でおかしいくらいのことがあったりします。たとえばころころになってもまだ石油ランプを使っていて、電燈は贅沢だというふうに申しまして、どうしても電燈をつけようということに賛成してくれません。ランプより電燈のほうが便利だということも知っており、またランプの方が趣があるというわけでもないのですが、許してくれません。子供は多いし、ランプ掃除から第一たまりませんし、それに女中や子供がランプをひっくりかえして、幾度危い目にあったかしれないのですががんばっております。そのころ一燈一円で引いてくれるので、これは許しをうけていたんではいつまで経っても埒があかないと思いまして、病院に入っている留守中に一存でさっさと引いてしまいました。するとかえってきて驚いて、家の細君はお大名だよとどなたかに話したことがあるそうです。

文中の「病院に入っている留守中」というのはそのあとの記述から類推して、明治44(1911)年8〜9月、大阪の湯川病院に入院していた時期だと思われる。つまり明治44年まで、夏目家には電燈がなかったのである。

明治44年といえば、先のグラフでみても、急速な伸びをしめしている時節で、鏡子夫人も、時代の波の中で決断をしたのだろう。「非常に旧弊」とあるけれど、そうとりたてて遅いというほどでもないだろう。
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