3 南方熊楠のこと
  [初出] 02.07.09  [最終更新]  [平均面白度] 2.39  [投票数] 18  [コメント数] 0
熊楠と亀のことを書いたところ、複数の方から「熊楠とは何者か」とか「どうよめばいいのか」との質問を受けた。へえ、ポピュラーな名前だと思っていたんだけど、そうでもないのか。

南方熊楠は「みなかたくまぐす」と読む。1867(慶応3)年和歌山県生まれ。夏目漱石や正岡子規と同い年ということになる。ちなみに彼らとは大学予備門で同窓。ただし卒業はせず、アメリカ留学。そこでも学校を中退し、カリブ諸国などを放浪の後、渡英。ネーチャーに投稿した論文が注目を集め、それを足がかりに大英博物館の嘱託になった。大英博物館所蔵のすべての蔵書を読破したとの伝説を持つ。

暴力事件をおこし、大英博物館から追放されたのち帰朝。その後は和歌山県田辺市に住み、粘菌や民俗学の研究を行う。

昭和天皇に進講した際、粘菌の標本をキャラメルの空き箱に入れて献上したエピソードは有名。

生涯官位官職とは無縁で、まとまった著作も少ないが、没後(というか最近)注目する人(ファンやね)が増えている。

ってトコかな。

ぼくが熊楠に感じる感情は、ま、一種の「信仰」です。弘法大師とか天神さまみたいなもの。超絶的な博覧強記、興味対象のスケールの広さ、野にあって世に媚びない暮らし方、等々。実存の人とは思えない。

だいたい、考えてみたら熊楠本人の著作は十二支考と熊楠随筆くらいしか読んでいないのに、伝記とかはそれ以上の量を読んでいる。これも「信仰の対象」としてありがちの対応でしょ。お遍路さんだって「三教指帰」(だっけ)なんぞ、読みはしないのである。
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