4 データベースの夢
  [初出] 02.11.01  [最終更新]  [平均面白度] 5  [投票数] 1  [コメント数] 0
Linuxサーバが欲しくなった理由はほかにもいっぱいあった。ひとつはデータベース問題。これについては前置きをあれこれと語らなくてはならない。

昔からデータベースというものに大きな関心を寄せてきた。これはもしかすると電子辞書への関心と根っこのところでつながっていて、そしてその根っこは、自分の性格上の欠点につながっているんじゃないか、と思う。

私はこれまでの人生の中で、起きている時間の2割強は「探し物」に費やしてきたのではないかと思う。いつでも何かを探している。なんちゅうと、探究者のようでカッコいいのだが、探し求めているのは真理とか愛とかじゃなくって、先週受け取った書類であったり、パスワードを記したメモであったりする。机の上も部屋のなかも超弩級に乱雑であるがゆえのことだ。

私にとって、仕事とは、まず「発掘作業」からはじまるのである。

幼いときには母に、長じて後には上司や同僚、はたまたツマに、指導訓戒叱咤罵詈雑言軽侮を受け続けてきたが、どうしても片づけられないのだ。なにもカオス状態の中に身をおくのが快適であるわけではなく、キチンと片づいた部屋、明窓浄机の作業空間は私にとってもキモチいいもんなんだが、それが維持できない。昔は努力がたりないからだと自省したりもしたが、今では、うまれつきその部分の回路が初期不良だったのだろう、とあきらめている。

部屋や机上、またはハードディスク内外がキチンと整理されており、資料やメモが必要に応じて即座に取り出せるようになっていれば、または、そうした環境を自分で維持し続けていける資質があったならば、私はデータベースや電子辞書に関心を寄せることも少なかったのではないかと思う。

電子辞書が私にとって価値があるのは、辞書を引くという作業が、探索発掘作業から始まらないということなのだ。私は「科学技術用語英和和英辞典」という本を持っているはずだが、数ヶ月前から発見できないでいる。ハードディスクにまるごと入っていれば、そう簡単になくすということはなくなる。

電子辞書を使うようになって(より正確にいえば、複数辞書をまるごとハードディスクにコピーしておけるようになって)、私の作業は格段に効率的になった。

データベースに対する希求も、これと同じことである。メモや資料をハードディスクのなかのひとつのハコの中にいれておきたい。私がデータベースに望むのは、ただただその一点だけだ。なんでもかんでも放り込んでおいて、必要に応じて短時間でそこから抜き出せる。そんな「いれもの」が私にとって必要なデータベースだ。

センモン的にいえば、そういうのは「データベース」とは言わない。データベースとはデータをごちゃまんとため込んでおく装置ではなく、データを抽象化・構造化して管理するものなのだからだ。そんなことができるのなら、部屋の整理整頓もできるだろう。抽象化・構造化ができないからこそ、いや、もう少し正確に言うと、それが維持できないからこそ、「データベースが欲しいなあ」と思い続けてきたわけだ。

おそらく、ここのところのズレが原因のひとつになって、長年の間、ぶすぶすと不満がくすぶり続けていたわけだ。

長くなったので、続きは次回。
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