5 命名 偕楽園
  [初出] 2004.06.27  [最終更新]  [平均面白度] 4.75  [投票数] 8  [コメント数] 0
新入りに名前を付けた。「偕」と書いて「カイ」と読む。

やっぱりカタカナ名前は恥ずかしいのでやめたんだ。

最初の猫である後楽園を後楽園と名付けたのは、思いを韜晦するココロからであったのだが、その後、うちのメンバーは「楽園」という接尾辞をもつ伝統が生まれた。萩もときとして萩楽園と呼ばれる。

で、後楽園だったら、こんどは偕楽園でしょう。疥癬もちでカイカイだし、あさりのような貝柄でもある。

偕楽園とは本名ではあるが、通称はカイということで。ひとつ。
諸兄も道で彼にであったら、どうかカイちゃんと呼びかけてやって欲しい。

さて、

昨日、ココロを強く持つということを書いた。これはレトリックではなく、まったくの事実だ。

ぼくは猫に薬を飲ませるのが上手だ。のどにつまるような大きな錠剤も難なく飲ませることができる。猫はどれもおおむね曲者であるので、飲んだと見せかけて舌のウラなどに隠し、後でペっとはき出してしまうことが多いので、一気に素早く確実に嚥下させなければならない。

これがツマなんかに比べると、非常にうまいんですね。

コツは「心の持ちよう」である。まず、平常心。いやがるんじゃないか、はきだすんじゃないか、相手は痛いんではないか、などとは毫も思ってはならない。大丈夫である。なんてことない、と強く念じる。それからもうひとつは、おまえのことがダイジだということも同時に強く念じる。

指先の技術なんてものは、この心の持ちように比べれば、いくらほどのものでもない。

妙な精神論を振り回すようだが、ぼくは少年時代からずっとこの方式でやってきた。これでたいていの動物はなんとかなる。

前から書いているように、ぼくは、かれらの精神性をどう判断するか、ずっと非常に迷っている。後楽園はかなりかしこい猫だが、それでも抽象的な概念をどうこうするなんてことはまったくできないだろうと思っている。

しかし、彼らはこっちのココロの動揺を見抜くことには長けている。こっちのココロの中にマイナス方向のベクトルがあると、それを敏感に察知する。だから、弱みをみせるといかんのだ。

原稿の締め切りがせまり、必死でそれをタイプする。といっても考え考えだから、始終指が動いているわけではない。で、ようやくのことで書き上げ、関連ファイル一式を圧縮してメールで先方に送信する。脱稿時とそのあとに続くメール送信作業、ハタから見ていて、その両者の区別はつくまい。どちらかと言えば、脱稿前には手を止めて静かに原稿を読み返しているのだから、作業としては、その間の方がヒマに見えるだろう。ぼくは平素は「なにか怒っているの」とよく言われる顔つきである。無表情がカタいのである。であるから表情による違いはあるとは思わない。

しかし、猫にはわかるのである。

さあ、ようやく終わった。メールで送信だ。と思ったとたんに、どこからともなく後楽園があらわれて、ぼくの膝の上に乗ってくる。

だから油断大敵なのだ。ココロを強く保たないと、ヤツらとうまく暮らしていくことはできない。

ところで、先住者の偕との折り合いは依然よろしくない。偕の方は柳に風なんだが、先住2匹が激しく忌避を続けている。偕は「ともに」という意味である。どうかなかよくしてくれよ、という含意もある。
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