3 壷の中のメタモルフォーゼ
  [初出] 2005.07.12  [最終更新]  [平均面白度] 4.33  [投票数] 3  [コメント数] 1
今年から我々の味噌制作プロジェクトに参加したS氏は、毎朝のように出勤前に味噌つぼの中を覗き込んでいるらしい。「なんだか液体が滲出してきたが、大丈夫か」とか「泡が出ておるが、これは何か」とかと問い合わせてくる。知らんて。ぼくら、見てないもん。

味噌作りにおいて、何が怖いかといえば、カビである。カビてしまえば元も子もない。カビさせないことに最大の注意を払っている。製造前には容器や道具を殺菌するし、製造にあたっては塩を強めにする。われわれのレシピでは塩分は19%に達する。これは市販されている味噌の中ではもっとも塩分量が高い仙台味噌と同等程度である。そして、製造時には塩と豆、麹を神経質に均等に混ぜ合わせることにココロを砕く。

そうまでしているのは、ただひたすらカビさせないためである。よって、熟成時においても、なるべくふたをあけないようにしている。ふたをあけた際に、なんぞ変なモンが空中から味噌の中にはいってしまうのを怖れているのだ。

味噌の製法解説の本やサイトにはよく「たまりが上がってきたら、天地返しを行います」と書いてあるが、ぼくらはそれもしない。梅雨明けまで、ひたすら放っておく。梅雨明け時分になれば、ともかく味噌になっている。そうなったらもうこっちのもんで、ふたを開けたって、それからカビてしまうなんてことはなくなる。

ふたもとらず、中身のチェックもしないのは、ズボラではなく、逆に非常に神経質な態度と言えるのだ。

ぼくらにとっては、味噌においても「赤子泣いてもフタ取るな」がセオリーなのである。

間違っているかもしれないが、ウチは例年この方式でやってきている。それでも若干の白いカビが生じる。これは梅雨明けあたりにこそげとってしまう。この時点でこそげ取ってしまえば、それ以上増殖することはない。

つまり、寒中に仕込んだ味噌壷は封印されたままで半年間、静かに眠っているわけだ。

しかし、表面上はじっと静かに眠っているように見えるこの壷の中では、実に複雑で華麗な変転が繰り広げられているのである。

まず最初に仕込んだ麹菌−−これはカビの一種だ−−が酵素を作り出す。酵素というのはタンパク質の一種で、生物の体内での驚くべき化学変化を触媒のような感じで引き受ける一連の物質群だ。この酵素が豆や麹のデンプンをブドウ糖や麦芽糖に、タンパク質をアミノ酸やペプチドに変化させる。

生じたブドウ糖、麦芽糖を餌に耐塩性の乳酸菌が増殖し、乳酸を作り出す。この作用のなかで壷のなかのphが下がる。

phが下がってくると酵母が増殖を始める。酵母はブドウ糖、麦芽糖をアルコールやエステル、ある種の有機酸に変え、アミノ酸を高級アルコールに変える。これらが味噌にえもいわれぬ香りをもたらす。

ざっとこのような変化が壷の中で進行している。まるでいったん点火した花火が次々といろんな色、いろんな形状の爆発を連鎖的に繰り広げていくようなものである。この一連の流れを、ぼくたちは意識的にコントロールすることはできないし、このメタモルフォーゼを目で確認することもできない。ただ、壷を封印する時に静かに祈るだけである。

すごいなあ。

毎年のことながら、その神秘に心打たれてしまう。
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いただいたコメント

S さんによるコメント
毎朝わが子の顔を見ずに居られないSです。我が家のお味噌様はポリ袋に密閉状態でカメに入れて落し蓋したまんま、ビニールかぶせるとか縛るとか、なんの養生もせず放置しているのですが、湧き上がってきた液体の表面におどろおどろしい白いもんがびっしり浮かんでおります。多分かびなんだろうなあ。きぼちわるいです。[2005.07.13  #193]

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