15 赤の他人の立場
  [初出] 2004.04.12  [最終更新]  [平均面白度] 4.25  [投票数] 8  [コメント数] 3
自分の属している社会に対して揶揄したりする姿勢は好きじゃない。けっきょく、自分にツバすることに他ないからね。

会社員であったとき、自分に対して課していたのは、たとえば上司の悪口を言わないってこと(時折この戒律は破られたのだが)。だって、そのクソでバカな上司に唯々諾々とこきつかわれてるぼくってナニ? ってことになってしまうのがイヤだったから。社会に対しても、基本的には同じです。

だいたいにおいてセージケーザイの分野では、我が国はサイテーってほどじゃない。けっこうイイセンいってると思います。年金しかりイラク派兵しかり。これらに対する疑義反論があれば、選挙等の方法によって対抗する手段があるし、それでなんとかなるだろうとも思っている。なんとかならないのは、ま、こっちの不徳の致すところであって、甘んじて受容するしかない。んで、状況は十分受容できるような範囲だと思うし。

それよか、ぼくが気になって仕方がないのは、ぼくらの社会が、いま急速にどうしようもなく情動的なリンチ社会になっちまいつつあるんじゃないか、という疑念です。

犯罪に関して、実に多くの人が「被害者の立場にたって」という合い言葉で、犯人への憎悪をむき出しにする。いいのか? 不用意に「被害者の立場」になんかたっちゃって。

どんな社会であっても、構成員はそれぞれ与えられた立場でものを考え行動しなきゃなんない。それが社会ってもんです。社長は社長の立場、父親は父親の立場、看護師は看護師の立場、etcで考え、行動することが期待されているし、必要でもあるでしょう。そりゃ時には自分の立場そのものを疑わなきゃならないし、「相手の立場にたって」考えるのが必要なこともあるでしょう。しかし、あくまで与えられた立場での役割をこなしていくための副次的な「テクニック」でしかない。

犯罪事件にあって、ぼくらの大部分は被害者でも加害者でもなく、ありていに言えば、まるっきりの赤の他人です。赤の他人には赤の他人として担わなければならない「赤の他人」という立場があるのではないでしょうか。その立場での思考や行動を放棄して、安易に被害者の立場になんか、たっちゃだめなんだ。ぼくはそう思います。

被害者の立場への想像力があるなら、同じ分量で加害者の立場へのそれも持つ。それが赤の他人の立場としての責任じゃないかなあ。

ほんとに被害者の立場にたつんなら、その悲しみとか苦悩とか、はたまた経済的な負担とかも共有しなきゃなんないでしょ、少なくとも。そのうえ、加害者・被害者っていってるけど、その全部が単なる伝聞にすぎないじゃん。

以上の文章を2週間ほど前に書いたんだけど、その続きを書きあぐねているあいだに、人質事件。

やっぱり、ここでも赤の他人の立場であることの自覚が必要じゃないか、と思ったので、とりあえずアップしておくことにします。

続きはじっくり考えることにして。
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いただいたコメント

スベスベ饅頭蟹 さんによるコメント
人質事件の生々しい映像をガンガン見せられて
頭が(・・・・・・・・・・・?)になってる時に
アンケート取ってこれが民意だぁ〜なんちゃってる
マスコミはすご〜〜〜い馬鹿だよね、

マスコミの作ったアンケートを使う政治家も
すご〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い馬鹿だよ。
[2004.04.13  #25]

zappa さんによるコメント
こんにちは、石田さんいつも楽しく読ませてもらっています。
本も2冊買いましたよ。

石田さんのいう自分の立場にこだわるのは大いに賛成です。
でも、イラク派兵を「けっこうイイセン」なんていうのは全然分かりません。
言うことをきかない国を、ならず者国家となじって、圧倒的な軍事力を頼みに、言いがかりで戦争を仕掛けるなんてのはヤクザと同じ。中東に民主主義を根づかせるなんて、その民族の文化伝統や自主性を否定して、アメリカに都合のいい「民主主義」を押し付けて、本音は石油権益と支配力の強化でしょ。言いがかりで他国に侵略して、2万人以上のイラク人を殺しているアメリカ合衆国は、まるでヤクザ国家ですね。フセインを捕まえてもこれだけの抵抗が続いていることは計算違いのようですが、自分勝手な大儀なき戦争の当然の結果です。
親玉のブッシュは大統領になる前、たしかアメリカ歴代一の死刑好き州知事として有名で、100人以上を処刑したもっとも野蛮な知事でした。そのブッシュのヤクザな論理に無批判にしっぽを振る小泉政権は、系列組長みたいです。イラク派兵はアメリカにコビを売っているだけなく、便乗して日本が戦争に突き進んで、なし崩しに既成事実化しているように見えます。私にすれば戦後最悪の戦争準備内閣ですね。

でも、選挙という手段があるのに首相でいられるのは「こっちの不徳の致すところ」というのはその通りだと思います。

ところで「被害者の立場」というのはちょっと一般的で、どういうこといいたいのかよく分かりません。私は看護師です。隔離や拘束など、人権侵害とすれすれの行動制限が法でみとめられている精神科で働いています。医療の中でも精神科は患者の人権がもっともないがしろにされていて、患者虐待や人権侵害事件は後を絶ちません。日本の精神科は絶対数でも人口比でも、世界最大規模の精神科ベッドを持ち、隔離収容政策と社会的入院の多さでWHOからも批判されています。医師に指示されて隔離拘束を行う看護師は、患者さんにとっては抑圧的な側にあるので、単純に「患者の立場」に立つと言うことはできません。しかし、私も医療を利用します。家族も精神科クリニックを利用しているので患者の家族や利用者の立場でもあります。患者の権利を看護師の立場から考えるときは、自分がされたくないことはしない。自分が患者や家族なら望むことを、実現できるように働きかけ続けることだと思います。これは、自分の仕事に責任を持つ、誇りを持つことにつながると考えて、現場と厚生労働省に働きかけています。それが看護師としての立場にこだわることだと思います。
医療は制度や政策抜きにあり得ません。公共的性格の医療は利用者の健康と安全、つまり市民の利益がいちばん優先されるべきですが、厚生労働省の政策は医師会や病院協会、製薬会社など業界の利益、官僚の都合が優先されがちです。ここで私は利用者の利益という医療の優先事項にこだわる看護師の立場で考えます。だからといって患者さんの下僕ではないので、看護師の権利はもちろん主張します。患者の権利が大切にされていない病院では、職員の人権もないがしろにされています。

事件で被害者の立場というときには、被害者救済制度が不十分であることが問題で、その検討が必要でしょう。それなしに、やいのやいの言っても、結局ヤジウマの域を出なくなりがちです。
でも、イラク派兵、人質事件では自衛隊を送り出している国民という立場にこだわれば、赤の他人の立場はとれないですね。自分の立場にこだわることは大賛成です。しかし、第3者と言える場合とそうではない場合があるので、直接的にどちらかでなければ「赤の他人の立場」と一般的に言われることに違和感を覚えます。
というわけで、自分の立場にこだわって書き込ませてもらいました。長くなりすぎてごめんなさい。
[2004.04.14  #28]

散歩人 さんによるコメント
人質事件への人々の反応が知りたくて、いろんな掲示板をのぞいていました。ネット初心者の私には、無視するということができずに嫌な気分だけが残っています。のがれる様にこちらのサイトへおじゃましました。

 リンチ社会。

このことばが、あたまの中でまわっています。

[2004.04.15  #29]

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